“住む家って、こうじゃなきゃ”
エネルギッシュな終の棲家
住みながらの大規模リノベーションから、1年10カ月を迎えたM様。
桜の季節は満開の並木が家の中から楽しめる、
桐生市中心街に近いながらも、小高い山を背にする閑静な地に建つ
M邸をレポートしました。
『2021ぐんまの家』審査員特別賞受賞 (審査委員長総評・講評より抜粋)
〃審査員特別賞の「終の棲家」は大胆な減築と不使用スペースの削 除により、原型を見失う程の高い完成度を誇るリノベーション住宅 です。住み続けることで得られる幸福感と、地域への愛着を感じる 取り組みは社会問題化する空き家対策にも一石を投じる作品である と言えます。(中略)
活かすために捨てるデザインを徹底し、自然素材を多用した豊かな内部空間は家主の五感に響くプロポーションとなり、大胆な滅築により生まれ変わった外観は正対する桜並木と呼応し、 あたかも従前からその場に在ったかのような佇まいを見せてくれます。
暮らし方、住まい方の優良事例として。また、既存住宅の長寿命化やロングライフ化の成功例として、優れた取り組みに対し審査員特別賞を授与いたします。〃
掲載の作品集(一部抜粋)はこちらよりダウンロードできます
tsuinosumika.pdf
住みながら家づくりを楽しみました
J(JO)こんにちは。先日のコンクール(群馬県主催の2021ぐんまの家)の際は、お世話になり、ありがとうございました。おかげさまで審査員特別賞を受賞しました。
M(お施主様)こちらこそ、お世話になり、ありがとうございました。審査の方々がいらした時も、この家で感じている事をそのままにお伝えしました。みなさん階段のなだらかさに驚かれていて、上がり下りを何回も試されていましたよ。(笑)
J そうなんですね。実感していただけて嬉しいです。
M 上がるという感覚がないくらいなので、足の運びが楽ですよ。普通に歩いているのと変わらない感覚だから、この先心配ありません。
J 以前の階段は急勾配で心配でしたし、手すりがアイアン(鉄)で作られていたので、補助となる物が触れるたびに冷たいのでは…と気になっていました。1階には、もしも2階に上がるのが困難になられた場合のベッド用スペースも設けてありますが、ご心配には及びませんね。
M ええ、とても元気で快適に暮らしてます。階段もですが、壁や床が自然素材になるだけで、こんなに違うものかと思います。健康的で、毎日安心して過ごしていますよ。
J 改築前のお悩みは、部屋の湿気と夏の暑さ、それからホルムアルデヒド。大変でしたね…。構造的な面としては、使わないロフトや、高い位置にある開閉しづらい窓はいらないというお話でした。
M 2度目に建替えた家(改築前の家)は、新建材の化学物質のせいなのか、住んで20年ずっと目が痛かったです。家族の中で私だけ皮膚が敏感なので、夏、壁に熱がこもると一日中目が痛いから、エアコンでガンガンに部屋を冷やしていました。あと、最初の家も2度目の家も天窓があったのだけど、両方とも雨漏りしてしまって…。
J キッチンのトップライトから雨漏りがしていて、それを直すために、トップライトを塞いだから暗くなっていましたよね。キッチンは毎日立つ場所だから、明る過ぎず暗すぎず、適度に自然な光を感じる空間でありたいものです。
M そうですね、できるだけこの家で暮らしたいから。生涯安心して暮らせるようにしてくださいって城越さんに頼みました。それと工事中に別のところへ引っ越しての仮住まいは、しんどくて無理だから。住まいながらでとお願いしました。
J そうでしたね。ですので、例えば老朽化した水廻り(台所、トイレ、浴室・脱衣所)は、同じ場所に新しい設備を設置するのではなく、すべてを移動して一新する計画にしました。2階は大幅に減築したので、1階にベッドを移動して生活していただいた期間もありましたね。住まいながら家が新しくなっていくのは、実際いかがでしたか?
M 生まれて初めての体験でした。こうやって家がつくられるんだって。職人さん達が、親切で色々説明してくれるし、好きなことを仕事にしているって見ていてわかるから、毎日楽しかった。天井の漆喰なんて、あんな体勢で塗るんだと感心して。お風呂の床は緩やかな傾斜をつけながらタイルがぴたりと貼られていくし、まさに職人技ですね。今立っている床だって、本当に大工仕事が大好きな男前の兄弟が、一枚一枚丁寧に張っている姿を見ていたから、汚したら申し訳ない!大切にしなきゃと思って。(笑)
外 観
外 観
ストレスを感じない、ゆるやかな階段へ。
人生なんでも「知らないこと」って一番怖いですよ
M ひとり住まいになり、思いきって家を直してもらったので、おかげさまで感謝の言葉しかないです。直す前の家は、水捌けが悪かったのか雨が降ると庭が沼みたいになってしまって、2、3日水が引かないの。そのせいか家に湿気がこもっていて、建ててまもない頃から玄関の壁に真っ黒なカビがビッシリできてしまって掃除が大変でね。どうしてこんなにカビるのって?
J 室内に湿気がたまる原因の一つとして、湿気の逃げ場がないという理由があります。窓があっても、風の抜けが悪ければ湿気はこもってしまう。断熱性の低い素材で出来ている家の場合、外気によって冷えたガラスや壁に室内の水分が触れて水になる結露ができ、湿度の低い冬でもカビが発生することもあります。
M 素人だから知識なんてないじゃないですか、こうすれば良いかなんて調べてもわからなくて。人生なんでも「知らないこと」って一番怖いですよ。家づくりは、そうした専門的な知らないことの積み重ねですから目から鱗の連続でした。専門家に任せる、それが一番だと思いました。城越さんは、知らないことをちゃんとわかるように説明してくれるので、実際に出来上がりを見たら、想像以上に嬉しくなっちゃって。
今は全くカビの心配がない。汚れないから掃除が簡単すぎて、なんだか気が抜けたようですよ。(笑) 無垢の床は静電気をよせつけないから、週に1度の掃除機でもいいくらい。この床、木のやわらかい弾力とかサラサラした心地よさを感じるじゃないですか。以前と違って冬は冷たくないからスリッパもいらないですよ。夏は涼しくて、冬は暖かい。井戸水と同じよね、自然素材ってやさしい。
J そうですね。1階は地面からの湿気の影響も受けやすいですし、住居内にできるだけ温度差をつくらないようにして、心地よく過ごしてもらいたかったので。間仕切りを全て撤去し、リビングとキッチンをオープンにして、ワンフロアにし、快適な光と風の通りを計画しました。
M この広い空間は、とても便利に使っています。洋裁をするのに生地を地直して広げたり型紙をのせてみたり、バーっと広げられるので使いたい放題で楽しいです。このテーブルと椅子は、30年くらい前に気に入って買ったものですけど、以前のリビングでは、しっくりこなかったというか、今この空間にぴったり合ったようで。お仏壇の場所も、奥の壁の色と相まって静やかに収まりました。家が完成して「そうだったんだ!」って思うことばかり。本当に落ち着いた良い家になり気に入っています。住む家って、こうじゃなきゃね。
リビング
仏 間
チャンスって巡ってくるものなんですね
M 家を直すっていうのも、やっぱりその気持ちが整わないとだめですね。以前にも城越さんに家を直したいって相談をした事があったのだけど「気持ちが落ち着かない間は、取りかからない方がいい。今じゃないのでは?」というアドバイスだった。きっと全てを見通していたのではと感心しました。夫と母の二人の介護生活の後、ひとりの生活になって「家を直すのは、このタイミング?」と思い立ちました。
J 何年も過ごしてきた家が、ひとりになられて、ふと広々と感じられたのでしょうか。以前の「家を直したい」という潜在意識が、ポジティブな気持ちになってあらわれたのかもしれませんね。
M この時をチャンスと思わないで年月を経ていたら、もう家は直さなくていいと思ってしまったかもしれない。チャンスって巡ってくるものなんですね。ホルムアルデヒドで目が痛くて住みづらいって思いながら暮らしていたのが、今こんなにせいせいして暮らしていけるのだから、この先の人生を取り戻した感じです。そのくらいの価値がありますよ。いえ、それ以上ね。「これから住みやすくなって嬉しい」という事だけじゃなくて、「今までの嫌だったことが全部無くなって、もっともっと自分が元気になれる」そう思いました。(笑)
J 実にエネルギーを感じますね!(笑)
M 人が病気になるのって精神的な面からだと思うんです。気持ちが元気になると身体も元気になって、病気を遠ざけるようになる。だから住む家って、ものすごく大切。食べることも大切だけど、しっかり安心して暮らせる場所がなければね。何が大事かってなると、毎日毎日暮らす場所ってなりますよ。
Before
After
朝・昼・晩、きちんと食べて、楽しく生きる
M 私は今ひとりだから、本当に好き勝手できるでしょう? いいかげんなことをすると、いいかげんな1日が過ぎてしまうので。笑 朝・昼・晩ってきちんと時間を決めた食生活をしています。健康を保つにも楽しくなきゃ、生きている甲斐が無いじゃない?いつまでも、きちんと食べて楽しく生きていけることに感謝したいと思いますよ。
J いいかげんは、よい加減でありたいものですね。(笑)
M 小さい時から家族の食事係で、小学校に上がる前から炊事をしていました。大昔の頃はガス台なんてないですから。今はガラストップで、ちょっと拭けばすぐきれいになるから本当に便利ですよ。私は食材を無駄にしたくない性分で、たくさんの野菜は一気に調理してストックします。だから、大きな鍋がいくつも必要だし、季節になると梅干しなんかもつけるから大きな洗い桶やザルも必要で。
J 確かに、一般的なご家庭に比べると調理器具は多いですね。
M 調理器具って結構、場所をとるんですよ。そんな話を城越さんに全部相談して、これだけの収納を提案してもらってよかったです。そう、こういった流し台の下にある棚や、ステンレスの流し台とシンクまでも、全部手作りでできると思っていなかった。私の身長に合わせてもらった高さだし、余計なものがついてないから、とても使いやすいです。
J 毎日の事ですからね。少しでも負担がない方がいい。照明のスイッチひとつとってもそうです。M邸はMさんの身長に合わせ、他のお宅と比べて10cm低めにスイッチパネルを設置しています。
M 城越さんに相談しているうちに、だんだんといい方に導いてもらったので。当然、設計や工事のお金や時間はかかるけども、その分を出し惜しみしたら良くなるものが本当に良くならないと思って。野菜だって、根っこから葉っぱの先まで調理する昔の人間ですから、自ずとお金のかからない暮らしを何十年もしてきたわけ。よし!あとはこの家に使おう!と思って。(笑) 結果、こうやってバッチリやってもらったので、キッチンは特にお気に入りの場所。キッチン『も』ですね、全部気にいっているので。(笑)
J そう言っていただけて何よりです。(笑)さきほど、あの窓から庭を見たんですけど、家庭菜園が出来ていますね!?
M ええ、扶養土と堆肥を混ぜて小さな畑を作ったんですよ。土いじりはあまり好きではないんだけど、なんだかやる気がでてきましてね。スコップで少しずつ土を掘り起こして。力がないと何もできないですからね、運動だと思って。手を動かせば脳にもいいから。(笑)死ぬまで元気でいたいじゃないですか。運動は大の苦手ですけど、毎朝、忠霊塔(近所の小高い山の山頂付近)まで歩いて行って、町内をぐるっと廻って帰ってきますよ。
J なかなか出来ることではないですね!山の坂道ですから、上り下りで足腰が鍛えられますね。
キッチン
奥には家庭菜園
Mさんが毎朝登る山
好きなことがひとつでもあれば、楽しく暮らせる
M 時間があれば、ここ(アトリエ室)で好きな縫い物をしています。することがあるって幸せ。することが無いのが一番の毒かもしれませんね。おかげさまで、それで今があります。
J アトリエ室は、今回の工事で唯一手を加えなかった場所ですよね。Mさんは織物産業が盛んなこの桐生で生まれ育ち、ひたすらミシンと向き合う洋裁を仕事にされてきたので、昼間の工事中も、ほぼアトリエ室で過ごされていましたね。出入口引き戸の「引っ掻き跡」を見ると、いつも一緒にいた愛犬の姿が思い出されます。
M この引っ掻き跡、ソラ(愛犬の名前)が元気だった頃は、この引き戸を前足で開けて出入りしてたんですよ。引き戸は修繕せず残してもらってよかったです。
J 先に工事が済んだ部屋の、あの日当たりの良い場所で、ソラちゃんお昼寝してましたよね。アトリエ室から聞こえてくるラジオをまるで子守唄にして。
M ええ、私ラジオ大好き人間だから。(笑)そう、ラジオをアプリで聞くためにスマホに変えたんですよ。電話とラジオ、それっきりで他は何も使わないんだけど。スマホだと雑音が入らずスッキリした音で聞けるでしょ? スマホなんて必要ないって思っていたけど、こんなに便利なんだから人間何事も挑戦ですよ。それもこれも家がこうなったおかげなんです。(笑)
J 本当にエネルギッシュでいらっしゃる!ますます毎日が楽しみですね。
アトリエ室扉